市駅伝

バラ

朝の冷え込みは嘘のように昼間は暖かかった。

今日は市駅伝大会があった。

中学生の双子(次男次女)にベンチコートを持たせたが 全く必要なかった。 彼らには河川の競技場は暑かったようだ。

朝の家事を済ませて 長男と応援に駆けつけた。

準備運動の後 モモ上げスキップとサイドステップを軽くしていた。

走り出して数分を…..途中経過を…..ゴールを…..そこにいながら3度も見渡せるところを見つけて応援した。

他の走者に惑わされること無く 自分たちのレースに徹しておくれ!

それぞれのグループで 次女は一区を 次男はアンカーを務めた。

次女が2区の走者に襷を渡すまで、次男がゴールにたどり着くまで 手に汗握り声援を送った。

情熱!ほら情熱!母に見せておくれ 真っ赤に燃える情熱はどこだ!

走る姿は感慨深いものがある。

彼らは1940g、1800gという小さい身体で予定より二ヶ月早く産まれて来た。

前置胎盤という状況の中 破水が来て 胎盤が先に出てしまい 彼らはお腹の中に取り残されそうになった。 医師は瞬時に魔法の手を使った。 普通分娩であった。

みるみる泣き声が か細くなり 全身が紫色になっていく 彼らは香川小児病院に搬送された。

当初は 1ヶ月近く 人工呼吸器そして保育器に入り 身体はチュウブだらけだった。

「器官はあるがそれが機能しなくなる時がある。 予断を許さない状態だ。」

と 医師の説明を受けた。

訪問した際 目の前で呼吸をしなくなり 肺の辺りに注射針を差し込み治療を受けていた。 思わず目を伏せたくなる光景だった。

天にすがる思いだった。

「 彼らに長い命を与えてください。」

私はカブだった乗り物を彼らがお腹の中にいる5ヶ月間はスクーターに変えて 早朝 新聞のお届けをしていた。

無理が祟ったようだ。 彼らはお腹の中で悲鳴をあげていたに違いない。

出産3ヶ月後 私は新聞のお届けを再度開始した。

二人に母乳を飲ませた後 真っ暗な中 外に飛び出した。 昼間子供たちと過ごす為には・・・こうして収入を得るしかなかった。

彼らがハイハイが出来る様になってからの事、

早朝6時頃 配達が終わって帰宅すると 二人揃って ちょこんと玄関マットの上にお地蔵さんのように座っていること再々だった。

布団の上で出来る限りの手を尽くした夫は、諦めて眠りにつき、彼らは玄関に座り込み、すっかり泣きつかれた後のようだった。

私の姿を見て 抱っこしてくれ~と言わんばかりに 手を差し出す。

「恋焦がれて待ちわびていたんだな~。」

と 二人を抱きしめ布団に連れて行き二度寝する。

試合の応援をしながらそれらのことを思い出す。 たまらなく涙が出てきた。

「よくぞここまで大きくなってくれた。」

どんな取柄があるのか?

小さい身体を見ていると全く見過ごしてしまいそうだが 彼らの取柄は いつまでも長~く走れることらしい。

「 ありがとうございます。」

と、今日は秋空に 感謝を込めてささやいた。

:……..:……..:……..:……..: LOVE……..:…….:…….:…….:…….:

 

昨夜は 地元文化祭の前夜祭だった。 吹奏楽団の“ ボギー大佐 ” はじめ “ ふるさと ” 等 数曲の演奏を聴いた。

体育館の中、どんな音になるのかな?と心配していた。 押さえ気味であったが 見事 深いやさしい音色を聴かせてくれた。

まだその余韻。。。そのやさしい音色が胸に沁み込み  今日の河川敷での応援は、ますます感慨深いものとなったようだ。

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