成就社にて新年会

LOVE

2007年 元日 Part②
4時に起床し、3組の仲良し家族が誘い合わせて 石鎚神社の中宮 成就社へ初詣に行きました。

石鎚ロープウエイを登り、6時に成就駅に降り立つと 辺りは一面真っ白でした。

竹灯篭の彼方に 西条と新居浜のネオンを臨むことが出来ました。

雪の山道を30分程ザックザックと歩きますと、成就社の手前に初日の出を拝むには絶景の場所があります。

その場所に立ち十数分待ちました。

7時、陽が昇るまであともう一息という時、真っ黒い雲が流れてきました。

残念なことに この土地で一番早い 初日の出を観ることはできませんでした。

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成就社では、おみくじ大吉を引きました。幸先よろしくてハッピーハッピーです。

成就社の隣にある山小屋で新年会をしました。夫婦3組とそれぞれの子供たち8人、全員で14人です。

おでん、ゼンザイ、うどん、おにぎりを食べました。殿方は美味しそうに酒がすすんでいました。

母と子にとっては、賑やかなのが ご馳走です。

場所と集う家族数は年々異なりますが、この新年会が20年も続いているのです。

数年前にこの場所へ来た時は、鎌倉が造られており子供たちは大ハシャギでした。

友人の子供が迷子になり、皆で血相を変え探したこともありました。

子供たちの成長が主ですが、思い出話しがゆっくり ぽん ぽん 湧いてきました。

9時に山小屋を出ました。双子が雪と戯れているその頭上をサーッと光が射しました。

氷の衣を着た木々たちも、陽をあびてうれしそうに光っていました。

帰りはリフトに乗りました。不自然な揺れ具合に 乗り始めは何度かオゥ~と叫んでしまいました。

遥か足元には、猪にしては小さい? 野うさぎ? の足跡が雪の中に点々と連なり 数本の長い曲線を創っていました。

この集まりが、この先もず~っと 出来るだけ長く続きますようにと、心の中で手を合わせて山を下りました。

12時に、家に帰り着き、年明けから洗濯物に追われる現実に戻りました。

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バラ

LOVE

プレゼント

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【 お ま け 】

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成就社にて新年会」への4件のフィードバック

  1. ☆まるさん、あけましておめでとうございます。
    石鎚、近いのですか?
    一度は是非登ってみたいと思っている憧れの山です。
     
    今年も暖かな家族の雰囲気楽しみにお伺いいたします。
    よろしくお願いいたします。
     

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  2. jazzyさん、あけましておめでとうございます。
    今年もどうぞよろしくお願い致します。
     
    はい、石鎚は近いですよ~。自家用車で、自宅から石鎚ロープウェイ乗り場まで1時間20分程です。(40分以上山道をくねくね走ります。)今年はその道中 野うさぎがさ~っと横切ったのを見ましたよ。ほんの一瞬のことでした。
    一度目は標高と同じ数の1982年に登りました。登りきった時、半分削ぎ落とした様な岩肌(天狗岳)を目の前にして、鳥肌が立ちました。2度目はその数年後社内旅行で登りました。その時も反り立つ山頂を見て背筋がピ~ンと延びました。どちらの時も夏山で霧のような雨が降りました。汗か雨なのかわからない程度の濡れ具合でしたが、帰り道、達成感よりも全身けだるい脱力感があったことを覚えております。
     

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  3. こんばんわ、今日は仕事始めでした。
    石鎚のポスターありがとうございました。
    20年くらい前になるんですが何回か冬の石鎚に行こうと思って計画は立てていたのですが行けなかったんで心残りなんです。
     
    日本三霊山ってご存じですか?恐山なんかじゃないですよ。
    富士、立山(連峰)、白山(御岳とされることもある)なんです。
    私は山岳信仰的には石鎚、大峰(山上ケ岳)のほうが修験道の対象として霊山と思えるんですけれど。
     
    鉈で割ったような岩峰は胸に強く残りますね。
    一度テレビで秋の石鎚を紹介してましたが本当に美しかったです。
     
    ☆まるさんが登られたとき脱力感があったのはきっと山の精霊と接触したからですよ。
    私もそういう体験よくしてます。
    石鎚山麓で四季を感じながら生活をできることはとてもすてきだと思います。

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  4. jazzyさん、こんにちは♪
     
    そうですか~ 山の精霊なんですね。石鎚には精霊が住んでいらっしゃるんですね。感激です。
    神の世界からの催しを素直に受け留めること。頂く(受取る)という行為をしなかったら、折角の贈り物も自分のものとすることができません。
    石鎚山麓の四季を感じながら生活をすることも その一つなのでしょうね。jazzyさんのお陰で、言葉にする勇気が持てましたよ。
     
    元日に観た石鎚での御来光はとても素敵でした。双子が雪と戯れているその頭上をサーッと光が射しました。氷の衣を着た木々たちは、陽をあびてうれしそうでしたが、実は、何よりも私の心が嬉しくなった瞬間でした。そのような喜びを表現することは難しいです。家族に分けてあげたくとも心の内が響き合わなければ伝わりません。この光を頂いた時、長女が傍におりました。にっこり私に微笑み返してくれました。どう感じたのでしょうか?神聖な催しを心のうちに留めることができる人になってほしいと切に思いました。
     
    仏教では、「迷い」のことを「無明」と書くそうです。本来無頓着・無謀・楽天家といった言葉がぴったりの私ですが、金銭的な余裕が無いことから心が暗くなる事があります。これが迷いだとすると、もはや 私の心には光が無いという消極的な人生です。
    でも違ったのです。光はありました。私の目の前に、子供の頭上に現れました。神さまがいらっしゃるのか、いらっしゃらないのか、私には難しくてわかりませんが、確かに自然の美は、私の心を照らしました。「諸々の迷いに戸惑ってはいけない。光はいつも私のもとにあるんだわ。」と 感じて嬉しくなりました。
     
    この想いを当初Blog内に書くことをためらっておりましたが、お陰さまで このコメント内に書くことができました。子供達にこの想い届きますように☆☆
     

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