「 ただいま~。」
今日は誰も応えてくれない。
バタバタとあわただしく出かけた跡が残っていて、銘々のスリッパが玄関先にひっくり返っていた。
いつもは、長女のピアノの音色で和らいだ気持ちになるのに、静か過ぎる。
「 残業になるよ。」 と、メールで知らせたから・・・ みんなで
あ~外食だな。
‥
台所の氾濫を見た途端 疲れが倍増した。
—–冬休みでしょ。これ、これ、娘達よ。日中何してる!—–
少し開いた押入れから布団がはみ出しているよ。
干す時間がなくなった洗濯物は、まだ洗濯機の中に?
—–あっ、干してくれている!こんな些細なことがとっても嬉しい♪—–
一人なのをよい事にリビングで大の字になった。私の体がいっぺんに沈んでいった。
あんなに暑かった夏も、へっちゃらよ!って過ごしたのに、この冷たい空気は、なんか疲れるなぁ。
出窓から見える空には限りなく真ん丸い月。
勤めに出始めた数年前を思い出す。
『 何とかする!』
と言う夫の返事でホッとしたのは束の間。
母親の残業が子供には伝わらず、4人ともお腹を空かせて待っていたコトがあった。
近くの焼肉屋で何とかしたのは夫だけだった。
‥
コタツの上に置き忘れている娘の香水をそっと手首につけてみた。
子育てに追われ 香りを楽しむゆとりなんてなかった。香水なんて縁の無いものになってしまっていた。
20年前、私が好きだった香りもこんなだったかな。
冷蔵庫にかぼちゃがあったな。今日の晩ご飯は天ぷらにしようか? あれこれ考えていたけれど ・・・
「 な~んだ。そんな必要ないじゃない。」 と、自分に笑いながら良い香りと共に立ちあがった。
—–まあ~こんなことで元気になるなんて♪—–
‥
何度か深呼吸をしながら、浴槽を磨き風呂に湯を張った。
‥
最寄りの焼肉屋から 皆が帰宅した。
夫の周りをウロウロした。
—–今日の私は何が違うのでしょ~か。—–
独身の頃を思い出してくれるかな?
‥
私は永遠の記憶になるほど、気の利く言葉を発することは出来ないし、もちろん目に焼きつくような仕草なんて土台無理な話。
視覚・聴覚ともに永遠に響く魅力が無いのなら嗅覚ね。
せめて、香りはねぇ・・・・・。
ところが・・・あららぁ~。
‥
人間のニオイに関しての記憶は一番希薄ね。
昨日読んだ子供の漫画で “ 君の移り香が何年も経っても恋しい ” というシーンは、
ありゃ~嘘だな。
