新調….☆” 又野太鼓台

「 ドン・デン・ドン・.。o0  「 ドン・デン・ドン・.。oO  「 ドン・デン・ドン・.。oO
あ~、

新居浜市民が、指折り数えて待ちに待った太鼓祭りが  あっという間に 終わってしまいました 。

今年は喪中の為、嫁いではじめて のんびりと….祭りを過ごしました。

起源は、平安時代 あるいは 鎌倉時代にもさかのぼる、五穀豊穣を願った新居浜太鼓祭りを皆さんご存知でしょうか。

「 男祭り 」 と言われる躍動感たっぷりの祭りです。

宇宙と太陽の輝きをあらわした天幕

雲をあらわしたくくり

雨をあらわした

東西南北をあらわした天上を支える四本柱

長さ10mを越す4本のかき棒

台場に支えられた直径80cm以上はある和太鼓・・・

子供の頃から、激しく揺れる房 と 金糸銀糸で織られた、飾り幕の龍などの刺繍を見て育ちました。

その豪壮な太鼓台が、「 ドン・デン・ドン・.。o○ 」と、四拍子で鳴り響き、

150人~200人のかき夫の腕力で澄み切った秋空に舞う様は、胸も頭もしびれます。

10月13日(体育の日)、多喜浜駅にて又野太鼓台のお披露目が執り行われました。

新調話が出てから4年前には台風災害があり、どうなるかと案じていましたが、ようやく太鼓が完成…。感慨深いですね。

新調したばかりの又野太鼓台をじっくり見てきました。

バランスが良くて とても綺麗な太鼓です。

『 絆 』 がテーマの幕と聞きました。

阿羅漢の唐子遊び (布袋さんだよ!とおっしゃる方もいます。)

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おもわず笑みが出る 遊び心満載の飾り幕(高覧幕)です。

太鼓腹のおっさんにまとわり付く子供達の姿、ほのぼの…です。

平和運行の又野らしい太鼓台ですね。

その他、麒麟に鳳凰の高覧幕もさることながら、『 川中島の決戦 』 武田信玄と上杉謙信もスゴい迫力でしたよ。

上幕の4面は三国志の聖地とも言われるりっぱなお庭の春夏秋冬を現しているそうです。

又野は、担ぎに専念する太鼓!見せる太鼓!

末永く大切にしてほしいです。

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又野太鼓台

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「祭り便りは、まだかいねぇ。」

「本郷太鼓台は、昨年の喧嘩で 今年は出んかったんよね。祭りは何しよったん。」

と、気に掛けてくれた友人達・・・お待たせしました。

投稿が遅くなりましたことをお許しくださいね。

いろいろあったんよ。

楽しい打ち合わせ

今日は四十九日の法要があって親族大集合!
とっても慌しい中、目に余る衝突もなく 事なきを得ました。 あれ?まぁー、そういうことにしときましょ。。。
些細なゴタゴタを流すことが出来ないことがあるよね。忘れられない言葉ってあるよね。
私は、取り返しの付かない言葉を絶対発しないよう気をつけよ!!消しゴムで消したように消えないからね。。。
夕刻、「何処かへ行きたいなぁ~。。。」と思いながら買い物をしていると 友達Sとバッタリ出会ったよ。
あー、救いの神!!!って感じ♪
場所は、生協の片隅。一時間、円卓に向かい合ってあれこれと、すごく楽しい時間を過ごしたよ。
まるで、おばちゃん。(笑
はい、言い直します。まさにおばちゃん。
来週、映画へ。来月、男鹿和雄展に・・・と、楽しい打ち合わせ会になりました。
他にもいろんな話をして、る~んるん♪
あー、友達っていいよねぇー。グチをあれこれ零したワケでもないのに、さりげない会話で飲み込んでくれる。
ありがたいわねぇ~~~♪
映画まであと数日・・・あぁ~待ち遠しい!!

金木犀

 
金木犀が薫ります。

部屋中薫ります。

出掛け時には、家一杯に薫りました。

もう間もなくすると、この山の麓から海岸まで、町中が金木犀の香りに包まれるでしょう♪

 
 
 金木犀

 

金木犀が薫ります

 

「おい!窓を開けて見ろ。」

と、庭に立つ夫が知らせてくれました。

締め切っていた窓を開けました。

カーテンがなびいたその後は・・・・・・劇的です。

庭の隅の金木犀が目に入りました。 金色に垂れた稲穂よりも一層輝いていました。

かすかに・・・そして、瞬く間に、香りが部屋に立ち込めました。

「お父さん!まぁ~ホント。お父さん、こっちにも来て!ねぇ来て!」

と、私は部屋を行ったり来たり・・・・・

「お父さん!風が金木犀を運びよるねぇ。」

金木犀が、窓から玄関へと透って行きました。

あまりの匂いに窓辺に立ちすくみませんように♪

ささやかな風の運びを逃しませんように♪

夫と二人、部屋の真ん中に立ち、金木犀を薫りました。

夫は

「あんたには、付き合いきれん。また現実逃避がはじまった。」

と言いながらも、最近、私の呼びかけによく付き合ってくれます。

少しづつ何かが変わっているようです。

 
金木犀の花
 

 

花は小さくて目立ちません。雨乞い祭りの終わる頃、その小さな花はあっけなく散ってしまいます。

まるで、路面に降り積もった金色の雪のようで、はかない花です。

 
 

☆~

満たされる日


私は遠回りをしてきました。幸せなことばかりじゃなく、傷ついたことも沢山あります。親の愛を求め、夫に大切にしてもらいたいと求め、とってもとっても苦しんだことがあります。時間が掛かりました。


それが、父と母に感謝出来たとき全てが喜びへと変わりました。

全て繋がっているのです。

わが子には、苦しまず、そして、遠回りをすることなく満たされた人生を歩んでもらいたいと思います。
心の治癒に一生の時間が掛かってしまわないように。許すことができるとしたら…早ければ早いほど有意義で楽しい人生です。
人間関係も、そのまんまで円満になると思います。


真ん丸い月のように満たされた気持ちとなりますように。
私は、子どもたちのそのまんまを応援しています。

願うものにあらず

実家の庭の隅には観音さまが立っています。お顔は小さいけれど背丈は2mほどの大きい観音さまです。

大意は知りませんが、私が嫁いだ年の椿祭りの帰り道、両親が衝動的に買ってしまったようです。

「倒れた~。助けてぇ~。」と、当初は台風が来るたび私たち夫婦は呼び出され往生しました。

数年越しで足元に工夫を凝らし安置されてから此の方、私はその観音さまにウインクこそすれ、未だ一度も手を合わせたことがありません。

神仏を拝む形は見覚えていても、神様がいらっしゃるのかいらっしゃらないのか考えたことが無く、全くの無神論者に等しい段階です。

ところが両親といえば、玄関を出入りする度に観音さまに合掌し、子供達(弟と私)の息災をお願いしてきたそうです。近年は孫のことを多くお願いしたりしているようです。

早朝から日が沈むまで何回も手を合わせるのだからお願いだらけ・・・お願い尽くしでしょうねぇー。

私たちがあまりにも不甲斐無いから、居ても立っても居るられないで神にもすがる思いなのでしょうか。

「神仏は敬いこそすれ、願うものにあらず」とも 言葉にしているのを聞くのだけど。

詳細は知らないけれど、一年に一度、観音さまの身体の埃を掃く日があります。

今年の夏、実家へ訪ねた時、ちょうどその日のようで、両親が共に顔を見合わせながら念入りに観音さまのお顔を磨いていました。

「神仏は敬いこそすれ、願うものにあらず」と言いながら・・・。

『願うものにあらずと言いながら、実に熱心にお願いしよるね。』と言う私に、

「神仏って、まるちゃんのことじゃがね。」と母・・・。

『子供は敬いこそすれ、願うものにあらず???』ってこと・・・。

無償の愛?。。。あらー!頼りたい思いを振り切って生きてきたのでしょうか。。。

あー確かに・・・私と弟、両親の愛に無頓着だったなぁー。

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実家