歯が立ちません

 

鹿児島、宮崎県境にある霧島山系新燃(しんもえ)岳で爆発的噴火が発生しました。
TVの映像で見る被害は、交通事情が悪くなったり、せっかく育てた野菜が灰ですっかりダメになったり・・・
次々と大変です!
心休まる思いとは縁遠い生活となり、今こうしている間にも問題が山積みとなっているようです。
自然の力には、歯が立ちませんね。

今日、腰の痛みをおして息子が退院しました。
ラグビープレーのため、早期完治に向けて気合を入れて頑張るのだそうです。
もう私、爆弾を抱えているわ。
息子には、歯が立ちません。

冬眠から目覚めるの、、、少し早か~ないかい!!
まだまだ静かに眠っていて欲しかったわ。
ウロウロする姿を見ていると、ハラハラするのよね。
無理をせず、自分をいたわってね。
真っ直ぐに生きてく人だってことは分ってるから、それ以上に大切なこと・・・
丁寧に生きて頂戴よ!!
人生長いんだから健康で生きてかなきゃ意味が薄れるでしょ。
自然の力には、歯が立たないけれど、
自分の健康は心配りができますよ。

私、喉がヒリヒリ痛い状態が三日続いています。
今日は鼻水が滝のように?咳もゴホゴホ。
これは、風邪ですね。
家族に伝染してはいけないので病院へ行きました。

寒さが少しでも緩みますように願っています。

ドキドキあせる

祈る思い

息子が怪我をして1週間目になった。
9日、激しい腰痛と歩行困難の為、救急車で病院へ向かった旨の知らせが入ったので、松山に住む長女にその病院へ直行してもらった。たまたま、自転車で5分という近場だった。
ラグビーの試合中、タックルをかわした直後、後続の選手の突進で腰を痛めたという。
診断は、第3,4腰椎右横突起骨折、第5腰椎分離症だった。

現在、新居浜の病院に転院し、足のしびれが時折続き腰痛はまだ激しく回復の様子はない。
彼は、自分の責任だと充分解っているらしく弱音を吐かない。私にちっとも甘えない。
寝返りが出来ないので、夜は幾度も目を覚ましている。
昼は、痛みを堪えながらベットでゲームと戯れるかテレビを見ているだけの生活が続いている。
ナースの手を借りて立ち上がるけれど相変わらず腰をかばいながら数cmほど進む歩行しか出来ない。
不眠不便で食欲だけはあるらしく体重は増加し、ぷっくりと丸まったお腹はちょっと目立ってきた。

腰を横にしたり縦にして起き上がったりができないのだから、叫び声を上げたい気持ちでしょう。
「助けてくれ!」と誰に苦言をお願いするの?
寝込んでしまう訳にはゆかないのよ!健康で生きて頂戴!
腰痛の治療と、今後の対策を考えなければなりませぬなー!

ラグビーの試合中、彼はこれまでに何度も脳震盪を起こした。
「大丈夫だ!」と言う息子を無理やり脳外に連れて行ったことがある。
見事に一週間の記憶が飛んでいた。
私の顔を見るたび「ただいま~。」と言う。「今何時?」と何度も尋ねて来る。「ヒヨコが目の前をチカチカ飛んでいる。」とも言う。
どれ程心配したことか!
腰椎分離症という持病がありながら…. 生傷が絶えず始終身体の痛みに耐えながら…. 厄介なものを好きになったものだ。
これはもう 何者かにトリツカレテイル。全く以って困ったものだ。

今季、最高の冷えが来たこの夜、テラスの下で洗濯物を干す手がかじかんだ。
この寒さ堪えるだろうな。。。
暫くは冬眠しなさい。そうすればかろうじて静けさは続くから。
神様に祈る思いが続いている。

河川敷からの眺め

ちょっぴり感動

大晦日、

「明日、本当に行くん?かなり寒そう。。。こんな麓でも路面が凍っとんじゃけん。よう行けてもダムまでじゃわね。」

と、気分は乗らなかったのに、

年が明け、AM3:00アラームが鳴り数時間の眠りから覚めると惰性で準備を整え、

車に乗り込む頃には、だんだん気合が入ってくるのでした。

元旦、石鎚神社の中宮 成就社で初詣をしました。

毎年恒例の登山並びに新年会です。

石鎚ロープウェイ乗り場までの林道は所々凍っていて

雪の降り積もる沿道を横目に、車は危険な状態を何度も打破しました。

石鎚登山ロープウェイを下車して成就駅に降り立つと 神聖な世界です。

これほどの心地よい感覚は滅多に経験できるものではありません。

真っ白な雪道をザック ザック、一歩一歩踏みしめ、出会う人みなに

「おめでとうございま~す。😃」

と、新年のご挨拶をします。

知らない方と顔を見合わせ心が通い合う瞬間です。

緊張がとけたように照れ隠しみたいに笑って、それから軽く会釈をしてそれぞれの道を行くのです。

私は帰りの車の中も、

昼下がり、実家や親戚へ新年のご挨拶周りの最中も、

夕飯の準備をしている間も、ちょっと幸せな気分になっているのです。

なにが、どう幸せなのか説明がつかないけれど、

何もなければ一緒に笑うこともない人たちと偶然のきっかけで、

神聖な所で同じ気持ちになれたことに、ちょっぴり感動しているのかもしれません。

石鎚にて

はるか平地を望む