穏やか

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「八千代へ行くか!」と、夫が息子(次男)を誘った。
「乾杯!」「カンパ~イ!」「かんぱい」と、夫と息子と私の声が座敷に響いた。
お品書きの無い寿司屋で、アコウの煮付け、ひめ貝のヌタ、そして、ニシツボの塩焼きを食べた。
私は揺らぐ炎を見ながら夫と次男の会話に耳を傾けていた。
心地よい時間だった。向き合う二人のかたわらでこんなにも穏やか・・・目頭が熱くなった。
「お父さん、息子を立派に育ててくれてありがとう。お父さんのおかげです。私、ひとりでは無理でした。」

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ニシの塩焼き

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先日、ようやく息子(次男)の部屋にエアコンが付いた。彼は、初任給でテレビを買い、初のボーナスから愛車フーガの支払いが始まり、次に高価な衣類やゲーム機を購入し、そして、3年目の夏のボーナスで ついにエアコンを購入した。この先、400ccのバイクを手に入れるらしい。物にこだわりながら なかなか楽しく快適に暮らしているようだ。

未熟児で生まれた彼は、今年3月に二十歳になった。彼は本来、穏やかで照れ屋で大人しい。
乳幼児期、しきりに「だっこ。抱っこ~!」の日々だった。私がお手洗いの用を足している間をもドアの前でピーピー泣いて待っていた。
小学校低学年の頃、学校へ行くことをしぶるので手を引いて登校し校門で出迎えてくれる先生にご挨拶をすること再々だった。
「おまえ、それでも男か?アマチャンじゃのう。」
と、父親の渇が飛んできて大惨事になったことが幾度もあった。息子を守りきれない自分をいつも責めた。
息子を甘やかす自分の行動を棚に上げ
「いつになったら大きくなるん。いつまでも可愛い~じゃ、生きていけんのんよ。ええかげん、しっかりしてくれな。」
と、焦ったこともある。
父親の理想とする息子に育てることが出来ず、深みにはまり よからぬ想いがよぎった事もある。このうえもなく尊い命を奪うところだった。
傷つく息子を案じ、いたたまれない想いをBlogに記すことが多くなった。
旗を翻しガイドさながら「母さんについて来て!!」と、発狂発言をしたことがある。「子どもたちが巣立ったら私も巣立つよ。」と、記事内でこの家を出ることを宣言したこともある。
その思いは、
「母さんは、父さんのフィールドで好きなことをしよったらえんよ。場外では生きて行けんよ。」と、子どもたちの反論であっさり撃沈し思いとどまった。

彼の小さい身体を見ていると全く見過ごしてしまいそうだけど、彼の取柄は 持久力があることだ。確かに学生時代、いつまでも長~く走れる姿を見せてくれた。
彼には、父親の不器用な愛情表現を察する優しさがある。彼には、浅はかな私を許してくれる寛大さがある。
生きて生きて生き抜いてよ。

作家 井上ひさしさんの言葉を引用することをお許しください。

いきいき生きる いきいき生きる ひとりで立ってまっすぐ生きる
困ったときは目をあげて 星をめあてにまっすぐ生きる 息あるうちはいきいき生きる
・・・
しっかりつかむ しっかりつかむ まことの智恵をしっかりつかむ
困ったときは手を出して 友達の手をしっかりつかむ 手と手をつないでしっかり生きる

その通り生きる姿が、母さんには見えるよ。
父親に認められる日は、そう遠くない。

甘露。甘露。

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