父の徘徊

昨年、冬の寒さから徐々に刻のうつろいを感じ 山桜が満開の頃、週に2回デイサービスに通う父を 母が懸命に介護をしていた。
実家は、在宅介護用のベッドやポータブルトイレ、玄関上がり框用の手すりと 福祉用具がドンドン増えていた。
その時だった。

2018年4月8日の早朝、母の視界から父が消えた。家族と近所の方々、そして、自治会を巻き込んで総出で捜した。その大騒動はおさまらず、昼過ぎには捜索願を出した。
父は、運が良かった。北の山奥に入って十数メートルの崖下に転がり落ち、茂みに座り込んでいる所を 捜索に協力して下さった地元の消防団員が見つけてくれた。
吉報が届いて数分後には もうすっかり日が沈み、なかなかスグに救助ができない位置らしく、レスキュー隊出動!と聞こえてきた。
自治会の方々は、川辺で細い枝をかき集め薪をし、暖を取りながら案じてくれていた。
私はその当時、保育士試験を数日後に控え保育実習理論の移調を勉強していた。不協和音にならないように♯・♭を付けて…独学では、難しいところだった。
人の人生、一度道を間違うと とんでもない人生になってしまう。
世の中に起こっている事件は、心の傾きで移調をしてしまった人達が起こしているのだろうか?
父の人生も自ら移調をしたのかも…。
などと思ったりして、まるさんはアホか? 私の思考回路はめちゃくちゃだった。
夫と子供たちは捜索に協力して下さっている方々を気遣い、謝罪して廻っている。その存在が有り難かった。
父は12時間の徘徊後、多くの方々の助けにより、無事に戻ってきた。レスキュー車の照明の中から救助された父の姿が見えた。
さっきまで寒かったはずなのに、暖かくて天国だ!と、思った。
顔にはすり傷、頭から血が…、すねは破れ、衣類は土埃。
父は、ウリ坊を追いかけて山へ登ったと言う。

すぐ、auあんしんGPSを杖に取り付けた。

この事件の1か月後、山にはつつじが咲き始め、父は硬膜下血腫を患い手術を受けた。
愛のこもったリハビリを受け、経過は良好だった。
退院後、母の願いで、父は居宅介護支援施設に宿泊をしていた。
だが、処々の症状が見え隠れし受診をしてみると....
再度手術を受けることになった。

今、病室の窓から 日暮別邸が見える 。

☆     ❤     ☆

日暮別邸

父の徘徊」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 長く生きて! | ☆まるさんの心日和

  2. ピンバック: 心のてんびん | ☆まるさんの心日和

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