心のてんびん

「おっ!来たんか。」
と、車椅子の父は軽快に手をあげた。
母と私は、広い会議室のド真ん中で待っていた。
久しぶりの面会だった。

おそらく、心のてんびんの傾きが、その日の体調を変え、本来の父に会えるかどうかの命運を分けるのだろう。
「さて、私は誰でしょう?」と問いかけると
「こんなべっぴんさんは、そう易々とお目にかかれんぞい。」と、はぐらかす。
で?ワタシは誰かな~~~?
父と向き合い、しばらく談笑して
「あなたのお名前は~~~、あら素敵なお名前ね!」を歌い
ロケットくれよん『とまと』の手遊びをして
三人で『みかんの花咲く丘』を歌った。

母は駐車場で泣いた。ほろほろ泣いた。
「ごめんね。おじいちゃん。。。」
この期に及んで、まだ、そんなことを言ってる。

父は良いケアマネに恵まれて、良い施設に入ることができた。今、その幸運を噛みしめている。
特別養護老人ホームに入所できる条件は、要介護3以上だ。
父は要介護4で、「排泄や入浴などの日常生活全般に全面的な介助が必要」。
唯一、食事だけは介助不要で、お箸を使えるし、出された食事はいつも完食する。
毎日、食事はホカホカで、おやつと、毎週母が事務所に届けているヤクルトもついている。
父は認知症になり、親しい人々を認識する能力を失くしつつある。
でも幸運だ。父は母を肯定する本質を失うこともなく到って優しく穏やかなのだから。
感情と身体面の両方に、ちょっとした手助けが必要で、現在、心のてんびんの傾き加減は緩やかだ。
その手助けが老々介護の母には大変なのだが…。

バラ

2018年4月8日、冬の寒さから徐々に刻のうつろいを感じ 山桜が咲き始めた頃、父の徘徊騒動があった。

 父の徘徊 

この事件の1か月後、父は硬膜下血腫を患い手術を受けた。

その後も 幾度かの入退院を繰り返し、現在に至る。