使命感で満腹


郷に入れば郷に従えと言うでしょう。
あるグループに入ったなら、そのグループの方向性やルールに従う事が良いという、物事を円滑に進める為の心構えですよね。
私はその言葉をどの職に就いても胸のど真ん中に置き、実行してきました。



保育士は、“子ども第一”の職場である保育園で必須の専門職です。その技術を得ようと邁進する日々は、使命感で満腹(笑)になります。

指導者や同僚の言動は驚きの連発でしたけれど、
「そりゃそうだよな。個性豊かなお母さまのお考えが有るように、保育士も多彩。」
と思いますし、私の想いを超えて子どもと愛が生まれることがヒシヒシ感じられます。おめでたい職だと本当に思います。



そんな私が、自分の経験から保育士の労務的な状況と環境を記します。

保育士は人手不足の中で、休暇と休み時間が取れない実状です。
雑用を減らすなどの理由で、支援員や事務職員を置き働き方を改革している現場もあります。
ですが、その有り難い措置を拒む保育士もいらっしゃいました。「私は、誰よりも頑張ってきた。これからの人も…」と。
待遇改善がはやくできるよう国や県に要望していると言いますが、私の経験した5年間の状況は過酷で、今もなお、仕事の環境はなかなか見直されていません。




今後保育士を目指す方々に夢は大きく理想を持って望んでほしいので、勤務先によって差があることを前提にし、ただ参考になればと思って綴っています。

今回、保育力については触れません。
詳細を書くとツッコミどころ満載で、ドMな生き方しか出来ない私に ほとほと愛想が尽きるでしょう。なので、そこもほとほどに!




【経歴】

2015年10月から公立保育園にて、3年と6ヶ月事務職員として勤めました。保育士の雑用を減らす意味で私は雇われたようです。

保育士職に若い頃憧れていたこともあり、そこで教えて頂ける環境の整え方や製作術や保育補助のあれこれは新鮮でした。その環境に居るだけで充分夢見心地でした。
そして、アラカンにしてフツフツと湧いてきた想いがあり、ふと思いつき 数ヶ月の詰め込み学習で2018年保育士資格を取得しました。

2019年春、ようやく念願の保育士職が実り、この公立保育園で1年間保育士を経験しました。

2020年春、私立の某保育園に5ヶ月勤めました。






【とある公立保育園での労務的な実情と自身への影響】

給食は、子どもたちと一緒に、ほぼ流し込むように食べていました。交替がしっかりしていたので、昼休みの休憩は1時間取れていました。
辛いのは、保育中まともにトイレに行け無いことでした。
思えば、子どもたちの水分補給は殊の外気を配っていましたのに、自身の水分補給を怠っていました。忘れているというか、どの職員もとらないから、慣れて行くしか無かったようです。

そこで、体調に異変が!
1か月以上、倦怠感が続き、快眠、快食、快便が脅かされたのです。
診断は、腎盂炎でした。

「この園は、自分の理想と子どもの向き合い方が何かしら違うなー」という思いがあったことから、体調の異変を上司に伝えることなく、自己都合でやむなく退職をしました。





【とある私立保育園での労務的な実情と自身への影響】

当初、ネットで理念を熟読しオーナーと面談をし思いを馳せて望みました。
さらなる飛躍の為、子どもとの向き合い方を学ぶ為に転職しましたが、ここの環境はもっと深刻でした。

この園は、休憩時間は有りません。子どもたちと別の部屋で過ごすことも、もちろん休憩時間に外出することもできません。
職員の食事は子どもたちの給食が終わり午睡が始まってからとります。
10分でお弁当を食べ終え、時に食べながら、泣きはじめた子どもを揺り動かし抱き詰めて再度寝かせることもあります。
5分置きに寝ている子どもの呼吸チェック、子どもたちの見守りをしながら清掃して、保護者との連絡帳と日誌の記入、工作の準備などを行います。

髪を振り乱し、マスクで蒸れている顔はきっと化粧の乱れがひどかったことでしょう。
ですが、
子どもたちの環境を万全にし、楽しく健やかに穏やかに生活するために努力し、子どもらしいしぐさや表情に癒やされていました。

残った仕事は家に持ち帰り、家主が寝た後に行う“サービス残業”。
これは、それほど苦にはなりませんでした。思っていることが形になり子どもたちの遊びに繋がるという思いは喜びでした。
辛いのは、やはり保育中まともにトイレに行け無いことです。
それと、コロナ禍の事情で感染防止のため分散保育となり、職員会議以外ほかの保育士と会話する機会が無いと言うことです。
同僚が部屋に訪ねてきた職員と会話をしているのを上司に見られ、「仕事をしてください。」と言われる様子を見て コミュに怖気付いていたこともあります。
保育士として未熟な私は、保育力を身につけるために、受け身に徹し、同僚の不平不満を同調することは敢えて避けてしまいました。

そこでも体調に異変が!
左耳の聴き取りづらさがあり、頭の中がモヤ~と霧がかかったような…日増しにその症状が重くなり、目のチック症状、そして、時折の激しい鼓動。

その症状は初めてだったので、びっくりして医師の診断を仰ぐと、突発性難聴と更年期と言う診断を受けました。
私は、50代後半でパワー全開で頑張っていました。何が更年期よ!ねぇ!と、反発を覚えたものの、
その症状を深刻に受け止め退職しました。




【展望】

保育士不足の解消!給料UP!責任重大な職務だからこそ保育の専門技術を身に付けるうえで研修の充実!
と、
世間は、そのところの見直しを進めて行くのかもしれません。
そこはとても重要です。
私は、
保育の専門技術を身に付ける上で労務的な環境が最も大切だからこそ、環境を整えようとする自らの意識が重要だと思います。郷に入れば郷に従えとか「みんなそうだから!今までもそうだから!」と、自分自身を言い負かさないように、意見や要望を発言して透明性のある環境へと保育士自ら変えていくことが、これからの責務なのだろうと思うのです。

どんな状況も精神の持ち方次第でどうとでもなるという精神論が優遇される環境を逆手に取って言うならば、


「目には見えないけど、ここには何かある!」
と、邁進できますように。
生きてるだけで、愛おしい子どもたちが、そこに居ますよ♪

はい、可愛い♬
ここに居てくれるだけで可愛い♬
ただ だだ 可愛い♬
と、
純粋に子どもと向き合う喜びが感じられるような


人にはそれぞれ生まれ持ったペースがあるでしょう。
子どももそうである様に 色々な個性や様々なテンポを持つ保育士が居たって良いじゃない。
皆に歓迎され、ここが自分の居場所と思えるような


そんな環境に改善されますことを切に祈ります。


2020/9/8 記