自分への戒めとして



腑に落ちない、思い通りにならない、
そんな相手を変える方法は?
それは、有りません。
自分が変わるしかありません。



人は概ね、穏やかな人の話は好きでしょう。
牙をむく人の話は、関与したくありませんよね。
そして、否定されることが前提にあれば、そっぽを向きたくなります。



たとえ現実を変えたくても、
人の悪い所を注意して否定したら、人は反発するだけで、反省をすることはないでしょう。



人を責めても、我慢して耐えても、思い通りにならない現実は変わらず続いてゆきます。



否定するよりも、寄り添ってあげることで、結果的に相手が反省することができるのではないでしょうか。
相手の行動を否定しないで責めることなく、その人が何を言いたいのか、最後まで聞いてあげる姿勢が大切です。



話していると、
現状の生活環境や生い立ちなど情状酌量が見えてくると思いますよ。



責めない姿を感じたら相手も自ずと変わるのではないでしょうか。



そう云う私も、あらゆるものと葛藤しながら、幸せの感度を高めています。



このメッセージ、気付いて欲しい人の心に届きません。
軽くなるどころか苦しめていることを感じます。
ふっ✨と 気付く人のもとへ幸せが届きますように。



向き合う人の祝福を祈り求めて…
と、言うよりも
結局は、
自分自身への戒めとして、あれこれメッセージを書いてしまいました。

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我を解き放つ



私には、向き合う人の苦しみや不平不満の感度は分かりません。
ただ、分かっていることは…。



自分を許せないことを含めて 不平不満や苦しみの世界を念じている人は、自暴自棄に陥り苦しみの世界となってゆくという事です。



このままでは思い通りにならない現実とぶつかり続けることになります。



「~したほうがよい!」といった執着や自分が作り出す不安や苦しみを解き放ちましょう。



解き放つことで、心も身体も軽くなります。



幸せな時間を過ごすことに意識を向けてゆけたらと思います。



自分がどんなことを考えているか紐解けば、これからどんな運命となるのかも分かると言います。



つまり、
自分の人生を変えることができるのです。
目の前に現れる現実を良き方向へ導く事も夢ではないのです。



苦しむことは無いのですよ。自分を追い込む必要も無いのですよ。

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実はね。そう言っている私が「~したほうがよい!」という自縛に はまることがあります。
人の言葉に一喜一憂して拘る私は何者なの?



「なるようになるさ」と、自我にとらわれることなく やり過ごせると良いのにね。
「人は人、気に留め無いこと」と、自分に言い聞かすと良いのにね。



向き合う人の祝福を祈って…
と、言うよりも
結局は、
自分自身への戒めとして、メッセージを書いているのです。

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心の満たし方



人は、自分の想い一つで幸せになります。



まず、
自分の現状を楽しんで生活することです。
自分がどんなことが好きで、どんなことを大事にしているかということを確認しましょう。



そして、
つぶやきます。何はともあれ…
嬉しいな。楽しいな。豊かだな。幸せだな。もっと良くなる。きっと良くなる。
と、念じます。



すると、
言葉の力は絶対です。
どなた様も自分を満たせるようになるのではないかと思います。



自分を許せないことを含めて苦しみの世界を念じている人は、何をやっても苦しみの世界となってゆきます。



良い環境を生み出す念じ方、それが有ると知ったら、即 実行です。



嬉しくて
楽しくて
豊かで
幸せで
生活はどんどん良くなります。
と、心を満たしていきましょう。

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繋がってゆく



長女から孫のお着替え袋を頼まれました。



押入れに仕舞ってある端布の中から布地を選び、そして、
袋の仕上がりまで、
それは贅沢な時間の使い方だなあと思いました。



ひょんなことから、耳が不調になったので、
ミシンの音が電子音になって脳内に響きます。
だけど、私には幸せな時間でした。

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人が育つには時間がかかります。



私は家庭を持つことができ、4人の子を授かりました。



どんなにお金を手に入れたとしても、どんなに地位や名誉を手に入れたとしても、この宝はどれも比較にはなりません。



初のくしゃみやあくびに驚き、小さな命に感動したことを覚えています。



それぞれの出産を思うと、ひとつひとつ、運に恵まれているなぁーと思います。



子ども達から得るものは多く、沢山の喜びをもらってきました。



困った顔。感激した顔。頑張る顔。私の存在など気にも留めない顔。



一人一人、幼少の頃からの顔がしっかりと思い出されます。



私は、子ども達の顔ばかりを見て過ごしてきたのかもしれません。



私の行動で、私の言葉で、子ども達がなおいっそう幸せになるのなら根気よく頑張ります。。。



目の前の子ども達の要望に愛情を持って接してゆきます。



そうすると、子どもの心は豊かになり、時間は掛かるけれど、だんだん心が育ってゆくのだと信じています。



それは、母から子どもへ、そして、未来へと繋がってゆくことを感じます。



これからも、のんびりと自分の人生をかけて子ども達と付き合ってゆきます。



それが私にとって一番の楽しみです。

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【追記】
届いたよ〜♬と、画像が送られてきました。
来週、孫は一時預かりにチャレンジするそうです。

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子どもへの声掛け、言葉の大切さ



先日、県総合科学博物館での思い出の記事で、博物館のスタッフの対応をご紹介しました。

「僕、優しいね。泣きたい時には泣いてイイんよ。優しい人は強くなるよ。この後、恐竜の子どもは強く生きるから観て帰ってね。」
と。

実は当時(2017年7月)、その対応に感銘を受けました。
子どもへの声掛けには、私なりにいろいろ気遣ってまいりましたが、目からウロコでした。

その数ヶ月後、保育士を目指し勉強をはじめましたが、この感激が一大決心の源と言っても過言ではありません。

子どもとの関わりの中、大人として発する言葉に責任を持ち、これからの時間(余生)、子どもへの声掛けに全力で知恵を絞ろうと思ったのでした。



ところが、
現場は、出る杭は打たれる社会でした。以下は、あくまで個人の一意見として読んでください。


その社会は、保育の“ねらい”と“内容”を統一することが重要視されます。
“郷に入れば郷に従え”と物事を円滑に進めることを大切にしながら、園児との関わりかたに関して、周囲と違う対応や自分の言葉を表現することは至難の業でした。

子どもの心を育む力をココで得よう!
保育士の役割は、愛情たっぷりに育てること!
と考えている私の居場所は、そこにはありませんでした。
とうとう同僚との関係を杞憂し疲れ果てたのでした。



追記しますと、

「子どもを見守る」それは保育士の責務です。
具体的に何を言うのでしょうか?

“登園した時のそのまんまの姿で怪我無く降園すること”が、最も大切だと指導者から教わりました。

その為には、
まず観察して、子どもが何をしているか、危険は無いか。
つまり、危険を察することが重要なのです。

そして、保育士目線で、
監視する、助ける、指導する、指示する…それらの子どもの見守り方は、
保育という社会で、自らを守るためにも必要な力なのです。

私の見解は、狭くて誤っているのかも知れません。
しかし、子どもを理解する為の声掛け以上に、子どもを誘導する為の声掛けが最優先であり重要で有ることを 確かに習ったのでした。




親の立場では、どうでしょうか?
「子どもを見守る」具体的な方法は、また違ってきます。

まず観察して、子どもが何をしているか、何を言っているのかを理解することが重要です❗

評価したり、批判したり、解決策を伝えようとして、頭に浮かんだことをすぐ言葉にしたとします。
つい、「こうするとダメ!」「それしちゃダメ!」「こうしなさい!」と、言いたくなりますが、
子どもの心にどのように響くでしょうか?
解決策を言い連ねても子どもの心は伸びません。
誘導する声掛けが、自らの思いを表現する人に育つと言えるでしょうか?
子どもが幸せになるには、どうしたら良いでしょうか?
そう考えると、
子どもへの声掛けは、指摘では無く誘導でも無く心を育てる為の言葉が大切と思いませんか。



まず、子どもが今、何をしているかしっかり見ることが大切です。
今の子どものそのままを観察すると言うことです。

そして、次に掛ける言葉は、
「あなたは、〇〇したいのね。〇〇と思っているのね。」
と、見た通りのことを言ってみてください。

そのあとは、子どもの顔を見て話を聞きます。そして、また話をつなぎます。
その対応次第で、子どもがどのような成長をするかが決まって来るのです。



今は、孫との遊びの中で、最善の言葉を模索しています。
保育の環境で得た経験や指導者に感謝しておりますが、保育士に未練はありません。
これで良かったのだと思います。

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