Hole

このホールに真実を語って想いを綴り15年経ちました。
長女17歳の誕生を祝った後、その深夜このBlogは始まりました。
井戸に向かって「王さまの耳はロバの耳!」と叫ぶ的な!(笑)
その私の叫びを手作りの冊子にして、
「読んで!」って!
いつか子どもたちの目の前にド~ンと置いて、そんな意気込みでした。

でもそんな必要は無いですね。
駄文でも良いから 想いは書かなきゃ伝わらない。と、思ってきましたが、
想いは現れるものです。

4人の子どもは皆、世間の批判や非難に左右されることなく、自分達はいつも幸せ♥と ばかりに、真っ直ぐ物事を見て自分で判断している素敵な人に育っています。
何と言っても、枠にはまらずエネルギーに満ち満ちています。

父親の苦労を目の当たりにして、我がままを言う気には ならなかったのでしょうか。

諸々、振り返ってみると
我が家の子どもたちは、人に恵まれ 事に恵まれ 健やかに成長しています♪
本当に運が良く、そして、大きな力で守られているとしか思えません。

ますます、魅力ある人となりますように♪

メダカ

3人の孫のはしゃぐ声が畦道から聞こえる。
今、ウチに来るとミシンを出しているから危ないんだけどな~。
ところがその声は、遠くなったり近くなったり。
あら、何をしているんだろうと耳を澄ますと
その声はさらに遠くなり 虫の鳴き声が僅かだけど聞こえてくる。
また無心にミシンを走らせていたら
「ばぁば~!見て!」と、長男とその子どもたちの声が聞こえる。
庭に出てみると、たった今捕ったばかりのメダカを見せてくれた。
警戒心が強くて俊敏なメダカを アミ一つで捕るなんてすごいね!
トウトは、小さなころから生き物が好きで、カメやザリガニをたくさん飼っていたことを孫に話した。
捕らえることも上手だったと言おうとしたら
「何度も聞いた~」と。
あっ!そうでしたか?
長男は、庭にある火鉢にメダカを数匹泳がせて帰っていった。
その火鉢は二十数年前から水槽の代用になっていて、今はドジョウの住処になっている。
手を振りながら孫たちを送り出すと 田に赤とんぼが飛んでいるのが見えた。

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ドジョウとメダカ

メダカ

畦道と田

ご縁

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気温が上がり、桜の花が急に咲きかけました。次男が運転するフーガの後部座席に座り、窓を開けて川沿いの桜を眺めながら車に揺られるのも良いものです。
今日は、長女の婚約を喜ぶ特別な日となりました。
両家の顔合わせがどのような形になるのかは、カップルになる二人の考え方に任せておりましたので、きちんとした決まりごとのないまま当日を迎えました。
当人たちとその両親(私)、兄弟姉妹と甥っ子(孫)12名がお祝いの為に松山全日空ホテルの6階日本料理“空海”の一室に集って「楽しく食事をする」というものでした。
この度のご縁で親族になる喜びを感じる会となることが一番大切です。
私は、まず一声 「今日の日を迎えて、心から喜んでいます。」と、ご両親にご挨拶をしました。皆、喜びの声、お礼の言葉を述べ合って、親しさは深まり和やかな雰囲気で進みました。
親族の関係や結婚式や結婚生活がスムーズになるのであれば、「結納」を行うことは大切だと思っていましたが、簡単に「家族の顔合わせと食事会」という傾向は最近増えているとか。心から喜びあう思いがあれば簡略も良いのではないでしょうか。と考えを新たにしました。
二人の未来は明るいものになるはず と、信じて。

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“空海”日本庭園

次男の独立

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私の誕生日に、独立記念日と称して住民票を移していた次男が、昨日、地味に引っ越して行きました。

「忘れ物、無いかなー?」と言う次男に、祭り着一式は押入の収納Boxにあることは内緒にしています。

「お世話になりました。」と、深々と頭を下げる次男。

鼻の奥が痛くなって…涙を堪えるのが必死の私。

「忘れ物あるよ。このワタシ!」と、冗談半分に言ったけど、ホント置いてきぼりくらったカンジです。

おそらく昨夜の湯船は、海水になっていたと思います。

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ダボシャツ

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息子へ

お父さんが表向きしたことは、皆がみんな同意しがたいことだと思います。
だけど
その心のうちを、どう理解するかで、貴方の人生の大きな分岐点になろうかと思います。
良きターニングポイントとなるよう、前向きに頑張ってね。時間が掛かっても良いからお父さんの善き理解者になってください。
鬼の面を被らざるを得なかった内面をみてあげてください。
お父さんは天下一だと、真底思っていない私に一番の問題が有ったことを心から反省しています。ただただ貴方に謝まるばかりです。

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バラ

穏やか

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「八千代へ行くか!」と、夫が息子(次男)を誘った。
「乾杯!」「カンパ~イ!」「かんぱい」と、夫と息子と私の声が座敷に響いた。
お品書きの無い寿司屋で、アコウの煮付け、ひめ貝のヌタ、そして、ニシツボの塩焼きを食べた。
私は揺らぐ炎を見ながら夫と次男の会話に耳を傾けていた。
心地よい時間だった。向き合う二人のかたわらでこんなにも穏やか・・・目頭が熱くなった。
「お父さん、息子を立派に育ててくれてありがとう。お父さんのおかげです。私、ひとりでは無理でした。」

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ニシの塩焼き

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先日、ようやく息子(次男)の部屋にエアコンが付いた。彼は、初任給でテレビを買い、初のボーナスから愛車フーガの支払いが始まり、次に高価な衣類やゲーム機を購入し、そして、3年目の夏のボーナスで ついにエアコンを購入した。この先、400ccのバイクを手に入れるらしい。物にこだわりながら なかなか楽しく快適に暮らしているようだ。

未熟児で生まれた彼は、今年3月に二十歳になった。彼は本来、穏やかで照れ屋で大人しい。
乳幼児期、しきりに「だっこ。抱っこ~!」の日々だった。私がお手洗いの用を足している間をもドアの前でピーピー泣いて待っていた。
小学校低学年の頃、学校へ行くことをしぶるので手を引いて登校し校門で出迎えてくれる先生にご挨拶をすること再々だった。
「おまえ、それでも男か?アマチャンじゃのう。」
と、父親の渇が飛んできて大惨事になったことが幾度もあった。息子を守りきれない自分をいつも責めた。
息子を甘やかす自分の行動を棚に上げ
「いつになったら大きくなるん。いつまでも可愛い~じゃ、生きていけんのんよ。ええかげん、しっかりしてくれな。」
と、焦ったこともある。
父親の理想とする息子に育てることが出来ず、深みにはまり よからぬ想いがよぎった事もある。このうえもなく尊い命を奪うところだった。
傷つく息子を案じ、いたたまれない想いをBlogに記すことが多くなった。
旗を翻しガイドさながら「母さんについて来て!!」と、発狂発言をしたことがある。「子どもたちが巣立ったら私も巣立つよ。」と、記事内でこの家を出ることを宣言したこともある。
その思いは、
「母さんは、父さんのフィールドで好きなことをしよったらえんよ。場外では生きて行けんよ。」と、子どもたちの反論であっさり撃沈し思いとどまった。

彼の小さい身体を見ていると全く見過ごしてしまいそうだけど、彼の取柄は 持久力があることだ。確かに学生時代、いつまでも長~く走れる姿を見せてくれた。
彼には、父親の不器用な愛情表現を察する優しさがある。彼には、浅はかな私を許してくれる寛大さがある。
生きて生きて生き抜いてよ。

作家 井上ひさしさんの言葉を引用することをお許しください。

いきいき生きる いきいき生きる ひとりで立ってまっすぐ生きる
困ったときは目をあげて 星をめあてにまっすぐ生きる 息あるうちはいきいき生きる
・・・
しっかりつかむ しっかりつかむ まことの智恵をしっかりつかむ
困ったときは手を出して 友達の手をしっかりつかむ 手と手をつないでしっかり生きる

その通り生きる姿が、母さんには見えるよ。
父親に認められる日は、そう遠くない。

甘露。甘露。

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