いぶし銀の世界



防波堤に立ち、海を眺めました。
頬にひんやりと潮風が吹きます。



沖行く船を眺めていると雲が海面に近づいています。
その海と雲の合間に明るい空が見えます。



瀬戸内海は、一般に穏やかですが
今日の波は、騒々しく音を立てています。



人間の表現として、若い人と違って経験を積んで深みのある人を「燻し銀のような」と表現するでしょう。
今、目の前は、色彩もそうだけど…そんな感じです。
いぶし銀の世界です。

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お星さまのよう



庭には、無数のお星さまが光り輝いています。
石ではありません。(笑)
金木犀です。
今日は、その花の香りが薄く感じられます。



洗濯物を干していると
ほのかに甘い香りが漂っています。
オレンジ色の花が鈴なりです。
ひと花ひと花、小さなお星さまのようです。



今年は、開花が遅く花芽の数が多いです。
このあたりで11月上旬まで香ることは、珍しく…
そうですねー。どうも記憶にありません。



娘が「祭りが2年も頓挫すると、金木犀もトチ狂うわ。」と。
可愛い言いぐさに、夫は朝食を食べながら笑みを浮かべていました。

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30数年前のこと、私は乳母車を押し、鳥の端から、山の端へと良くお散歩をしました。



秋のお祭りの始まる頃、どこからともなく甘い香りが流れてきます。
もうじき我が家の金木犀も薫りだす頃・・・
と、 待っていました。 



金木犀の花言葉は、「気高い」「謙虚」と言われています。
まさしくそのとおりで…



私の知っている金木犀は、
青々と茂った葉に馴染んで、小さな花は控え目です。
雨乞い祭りのその後は、あっけなく散ってしまいます。

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青空と半月と金木犀



早朝、洗濯物を干そうと濡れ縁に出ました。
ほど良い涼しさが心地良く、空気も美味しいです。
なんと
金木犀の香りが漂っています。



祭りの空模様はとっくに感じておりましたが、
この金木犀の香りが無いことには、秋模様とは言い難くて…。
「まだかいのー。」「今年は遅いですね。」と、家族の会話にのぼっていたところでした。



清々しい天候です。
「あーーーー。母さん!半月がほら!」
と、娘が教えてくれました。



ほんと♡
お月さまが
「空気が美味しい♬」
と、うなづいていますよ。

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金木犀の香る秋空にスマホを差し出す親子です。
この瞬間が大切です。
大切なことに気づきました。



金木犀の蕾がふっくらと鈴なりです。
朝の感動を話す家族が居ることに感謝します。

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焼きナスが食べたくて



お彼岸も過ぎ9月下旬ともなると、日差しは肌に優しい具合となってきました。



さして困らないほど、食材はあれこれ有るのですが、
焼きナスが食べたくなったのでco-opまで買いに行きました。



自転車で買い物に立ち寄るとなると帰宅まで小一時間は掛かるのですが、
暇だから?ささやかな食卓を満たすために、穂を膨らませ首が垂れている稲を見ながら走りました。
東港の裾の方を走るので潮風が心地よく頬に触れます。

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一見、曇り空かと見紛う空なのに、
夕刻の太陽は容赦なく照り付けます。
浮かぶ雲は、太陽に吸い込まれて行きました。
30分ほど自転車で走ったら まだまだ暑い!
信号で止まると汗がにじみでます。



店内に入ると、
あっナシ!そして、イチジク、シャインマスカットが目に入りました。果実の陳列が変わったようです。
その中でもブドウは、以前より沢山の種類が並べられています。
スイカは消えて、桃とメロン、パイナップルは少しだけ置いていました。
売れ残り?可哀そうなほど少量…(笑)



野菜類もサトイモ、キュウリ、カボチャ、タマネギ、キャベツ、ブロッコリー、トマトなど色々と並んでいます。
ナスはどこ?少ない…探し探してやっと買いました。



イチジクも欲しいのですが、ちょっと前のイチジクの色合いと味を思い出すと買えませんでした。口が肥えてしまって…(笑)



陳列されている果物を見ていると本当に秋が来たのだな~と感じます。



秋、やっと やっと来てくれたねーーー♬

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みなさま、他愛も無い話に 耳を傾けてくれて?
目を通してくださり ありがとうございます♬

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コスモスが揺れています


先週、母の免許返納の手続きに付き添いました。



「朝、警察署が開くころに行きたいんよ。」
の 願いどおり、少し早い時間に迎えに行くと
細くて小さい母が、既に農道に出て待っていました。



私の車が近づくと
門柱の前に立っている母は、軽く手を振りはじめました。



母が立っている隣にはコスモスが咲いています。
私の視線に気付いたのか
「コスモス、可愛いね。」
と、車に乗り込みながら母が言います。



コスモスが、揺れています。
ユラユラと 揺れています。



可愛いと言うより…
その花は、母と妙に調和していて
私は、アクセルを踏む力が無くなってしまいそうでした。
私が納得するまで?
心が落ち着くまでと、言った方が良いでしょうか。
いつに無くバックミラーの調整やら 座席の座り心地などを尋ねたりして…。
何かしらそわそわ。



用件を次々済ます車中、取り留めのない話をいくつかしましたが、
大半は、母の話に相槌を打つ私です。
明らかに、母は変わりました。
まるで観音様のように柔らかく静かになりました。



Blogに書いた言葉を引用すると



かつて、

久しぶりに我が家に立ち寄ってくれた母が、
「やっぱり あなたにまるちゃんを渡すんじゃなかったわ!」
と、目と鼻を真っ赤にしてすごい剣幕で婿殿に言い放ち、威勢よく帰っていった。
私は、母の所有物ではありません。
渡す?渡さない?だなんて、私を大切に想っていてくれてたの?
夫は、私を好きなように泳がせてくれる。
少なからず母より私の意思を尊重してくれる。



その昔、

私は実家に帰る事だけはしたくなかった。
どんなに辛い事があっても 頼まれごとやお誘い以外に帰った事が無い。
母の元では 私は私で無くなる。
全て母の思い通りにしないといつも批判がついてくる。
私は与えられている環境の中で 楽しく生活をする方法を考えた。



さらに昔、

母は、私の気持ちに無関心で、自分の感情のまま家族を誘導していた。
時折、理不尽な言葉を私に投げつけて、それは、母の優しさに触れた後にも油断したら浴びせられた。



などと書き綴っています。
ごめんなさい。浅はかな娘ですね。



Blogをはじめて15年、
傍目にも自信満々に生きている母親の姿を見るのが嬉しい反面、
幼少期や思春期、そして、成人期、当時の言葉にならない苦痛と両親に求める激しい感情を 書いてきました。

母から生まれ今の私があることに心から感謝できるようになったのは、一般に壮年期と言われる齢になってからでした。




予定外の用事なども済ませ母を送りました。
買ったばかりの食材を台所へ持っていき、置き場所を尋ねながら冷蔵庫に仕舞います。



帰り際、
コスモスの傍に立ちじっと見入りました。
私も揺れています。



コスモスが、揺れています。
ユラユラと 揺れています。

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