こないだ、着付け教室の仲間と飲みに出歩いたでしょう。
その時の話の一つに
ボランティアで「えんとつ山」の木々の伐採に携わっているNさんの旦那様のことが話題になったんよ。
自分の持っている知識や技術と時間をそのような形で活用するのって凄いよね。
ボランティアの熱意を評して、その話題を膨らませたかったのに、ついつい孫自慢をしてしもたわ。
孫は2歳9か月であの山を登ったんよ。しかも、黙々と自力で成し遂げたんよ!!一歩一歩踏み込む足はとっても小さいのに頑張ったんよ。
と。
すると、孫の居る人が圧倒数じゃけん
可愛いーーー。凄いねー。と、
Nさんの話を持ってっチャッた。
ワタシ、それ無いよねーーー。
反省😰
あなたも空き缶拾いのボランティアに参加しよるでしょう。
お父さんは、消防団員として長く活躍しているでしょう。
そんな話に持っていけば良かったわ。

娘は私の話を聞き
「それでインじゃない。私を引き合いに出すのは真っ平ごめんだし、配偶者の自慢話になると居心地悪い人が居るだろうし。ほほえましい話が一番よ。」
と、即答します。

あー、それで良かったんだ😳
と、私は安心するのでした。





なんの話?って、皆さま思うでしょう。
先日、娘がランチに誘ってくれました。
その時のよもや話の一つです。





“純な和。”(すみなかず)娘と行きました😊

予約は当日。

お出汁のしっかりした和食のランチでした。

美味しくて、もう、お腹いっぱい!!

そして、

祝誕生日として、娘のおごりであった事を追記します。

ありがとうございます♬

ごちそうさま〜🥰

.

コスモスが揺れています


先週、母の免許返納の手続きに付き添いました。



「朝、警察署が開くころに行きたいんよ。」
の 願いどおり、少し早い時間に迎えに行くと
細くて小さい母が、既に農道に出て待っていました。



私の車が近づくと
門柱の前に立っている母は、軽く手を振りはじめました。



母が立っている隣にはコスモスが咲いています。
私の視線に気付いたのか
「コスモス、可愛いね。」
と、車に乗り込みながら母が言います。



コスモスが、揺れています。
ユラユラと 揺れています。



可愛いと言うより…
その花は、母と妙に調和していて
私は、アクセルを踏む力が無くなってしまいそうでした。
私が納得するまで?
心が落ち着くまでと、言った方が良いでしょうか。
いつに無くバックミラーの調整やら 座席の座り心地などを尋ねたりして…。
何かしらそわそわ。



用件を次々済ます車中、取り留めのない話をいくつかしましたが、
大半は、母の話に相槌を打つ私です。
明らかに、母は変わりました。
まるで観音様のように柔らかく静かになりました。



Blogに書いた言葉を引用すると



かつて、

久しぶりに我が家に立ち寄ってくれた母が、
「やっぱり あなたにまるちゃんを渡すんじゃなかったわ!」
と、目と鼻を真っ赤にしてすごい剣幕で婿殿に言い放ち、威勢よく帰っていった。
私は、母の所有物ではありません。
渡す?渡さない?だなんて、私を大切に想っていてくれてたの?
夫は、私を好きなように泳がせてくれる。
少なからず母より私の意思を尊重してくれる。



その昔、

私は実家に帰る事だけはしたくなかった。
どんなに辛い事があっても 頼まれごとやお誘い以外に帰った事が無い。
母の元では 私は私で無くなる。
全て母の思い通りにしないといつも批判がついてくる。
私は与えられている環境の中で 楽しく生活をする方法を考えた。



さらに昔、

母は、私の気持ちに無関心で、自分の感情のまま家族を誘導していた。
時折、理不尽な言葉を私に投げつけて、それは、母の優しさに触れた後にも油断したら浴びせられた。



などと書き綴っています。
ごめんなさい。浅はかな娘ですね。



Blogをはじめて15年、
傍目にも自信満々に生きている母親の姿を見るのが嬉しい反面、
幼少期や思春期、そして、成人期、当時の言葉にならない苦痛と両親に求める激しい感情を 書いてきました。

母から生まれ今の私があることに心から感謝できるようになったのは、一般に壮年期と言われる齢になってからでした。




予定外の用事なども済ませ母を送りました。
買ったばかりの食材を台所へ持っていき、置き場所を尋ねながら冷蔵庫に仕舞います。



帰り際、
コスモスの傍に立ちじっと見入りました。
私も揺れています。



コスモスが、揺れています。
ユラユラと 揺れています。

.

.

.