摩擦レス



「はい!この味もイイよ!」
と、次男はエナジードリンクを私に差し出す。
仕事を終え、車で40分間の帰宅途中、コンビニに立ち寄り眠気覚ましに飲んでいるようだ。

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私は、手渡された缶をプルンと降るのが癖になっている。
軽っ!!
ほぼ空き缶。
「これっぽっちじゃ、お味は分からないわ。飲みきってね。」と、御膳の斜め横に置いた。



缶の処分を私に委ねているのでしょうけど、毎回ほんの少し残っている。
残量は、処分の謝礼のつもりかな?
それとも
ひょっとして味の共有をしたかったのかしら?
そうだとしたら可哀想な対応をしちゃった。と、思うのだった。



次男は、朝食を食べて食器をシンクに下げてマンションへ帰って行った。
テーブルには、あの空き缶が置きざりのまま…。
私は、洗って所定のゴミ箱に捨てた。



長女がこの光景を見たら「自分で片を付ける!!」って憤慨するのでしょうねー。
「こんなに頻繁に実家でごはんを食べるなんて😂一人暮らしが板についているとは言えない。」
と、声が聞こえそう🙄



食事と言ったって、こんな粗食なのにね😁

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私は、次男と同じ空間に居て28年、全く摩擦を感じたことがない。
むしろ、居心地が良い。

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先日、次男に頼まれて彼の住むマンションの掃除をした。



掃除が行き届いて綺麗な部屋だった。
キチンと片付けられているキッキン。
窓から光が入る様は、とても気持ちが良かった。
清々しさを感じた。



ところが、
洗面所と風呂は、澄み切った空気…とは言い難い状態だった。
浴槽垢の擦りキズとカビキラーの空き容器がゴミ箱にあるのを見て、彼なりに頑張った形跡はあった。



洗濯槽の洗浄も含め、3時間掛けてようやく水回りが綺麗になった。
ウタマロと風呂職人で摩擦レス。更に良くなったよー♬
と、LINE をして帰った。

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連絡を取りたくても音沙汰の無い私に腹を立てた長女の反応は、過激だった。
「一人暮らしの息子に頼られて、部屋に入れてウカれとる母に物申す。
仕事行っとる間に、部屋がキレイになっとる?
そんな甘やかしはイカン!!
自分の部屋、自分で掃除するの当たり前でしょう!
どうやったらえぇか、そばで教えるならまだしも…
相手はアラサーよ!ためにならん!
etc… 」



母さんからすれば
まだ独り身の次男は、
連れ合いが居なくて不憫だわ😔



長女には、相棒が居るでしょう。
二人で相談しあって力を合わせて頑張れるでしょう😉



スッキリしたはずなのに
すっきりしない一日だった。

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※追記

子どもが私を必要とするのなら、子どもの為にどんな些細な事でも動いてあげようと思います。

成人したのだから、自分のことは自分でできるようにならなければと言う人もおりますが、子どもが私を必要とするのなら、親として子どもの為に何かしら協力してあげようと思います。

社会は甘えることのできない世界です。
母親には安心して甘えて欲しいと思います。
いっぱい甘えてきたからこそ、甘えることができない社会へと安心して飛び込んでいけるのだと思うのです。

子どもの将来を考えると、子どもが満足するまで、子どもの甘えに応えてあげるべく 親として想いを寄せることが大切なのでは無いでしょうか。

これからが長い長い道のり…

人生を思い通りに生きている人は少ないでしょう。
何かしら思い通りにならない現実を抱えながら生きているのだと思います。



私は人生の折り返しを明らかに過ぎていますが、これからが最も長い長い道のりになるのかもしれません。



様々な摩擦があり、今を大切にすることは難しいです。
かと言って 自分を取り巻く環境を変えることは、とても怖いです。
その怖さは、経済面であったり、
自分の人生を否定することになりはしないかと。




夫婦や親子の縁、逃げても 逃げようにも 逃げることはできないものです。
カモフラージュしたとしても、逃げ通して目の前に姿が見えなくなったとしても、過去にとらわれて苦しむことになるでしょう。



気心知れた家族でも同じ生活空間に居ると摩擦は生じます。
心を許す関係であれば有るほど甘えが現れ、人の心は激しく揺れ動いて突進してきます。
いつなんどき、その摩擦で平常心を覆されはしないかと不安になるほどです。
穏便がいいし、喧嘩などしたくないし、当たり障りなく生活したいです。



家族の爆発したい気持ちがわかると言えば嘘になりますが、キャパを通り越した何かしらの想いが有るのだと察します。
家族が声を発して苦しさの全てを話すことは無いと思います。
もし、その声を聴いたとしても、自分はそれを受け留める力が有るでしょうか?



人を変えていくのは難しいですし、自分の想いに蓋をして良い人ぶるのも疲れます。



ただ わかることは、
人を否定するとどんどん苦しみの底に沈んでゆくと言うことです。



摩擦から生じる苦しみから逃れるためには、相対する言動に執着することなく、常に今の自分が自分なんだから、自分の思いが現れているのだと自分を受け入れてゆくことが大切かと思います。



「貴方はこうだからそうなるのよ。こうしてください。」
とだけは、言わないように気を付けます。
人を変えようとする発言だけは止めようと思います。



「母さんは、この包丁を自分の胸に刺したいくらい寂しいわ!」
「私は、この道路に飛び出して木っ端微塵に砕け散りたいほど辛いわ!」
と。
そう言ってしまいたいほど孤独の時間があったことを ここに書き記しておきます。



いくら心の内だったとしても、
もっともっと苦しい人の思いを鑑みると…持ってはいけない感情や してはいけない発言でした。
あーーーー、甘ちゃんで浅はかですね。



自分の想いを何処まで相対的に、そして、的確に言語化できるか試練です。



自分の時間を否定することなく、過去にとらわれることなく、人や自分を否定することのない道は、どうしたら良いのでしょうね。



鬼の面に相対しても素敵な時間づくりを心掛けるように致します。幸せの気持ちをお越し続けます❤

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修行よ♬


休日は、のんびりしたいのに…



昼過ぎ、久しぶりに車道4本向こうに一人で住んでいる次男が、相変わらずの甚平姿で現れた。



「母さん、メシ!」
と、ゴロンと横たわっている私の手を引っぱる。
縁日に誘われたような勢いで息子にエスコートされ台所へやってきた。



まず、
作り置きをテーブルに並べて
息子が食べている間に
さらに、腹の足しになるものを作り始めた。



子どもにお願いされたら、気持ち良く作るしかないよね。
自分がしたかったことって、いつでもできるもの。



家族は、これやって、あれやってとこれまでに散々私にお願いをしてきた。



30数年、こんな風に家族のことを優先して、残った時間で自分のやるべきことをやってきた。
如何にお願いされたことを気持ち良くやるか♬



気持ちを何度も立て直し、
自然と温かい心持ちになって、ずーっと子育てをしてきたよ。

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❤️



次女が言う
「母さんは、たあくんに甘いわー!」



私は、みんなに甘いよ?
貴女の願いをいつだって叶えてあげたいと思っているよ。



そうそう、昨夜は、ご飯を作ってくれてどうもありがとう♬
職を得たばかりの母を気遣ってくれてありがとう♬



貴女も母さんと一緒よ。
自分のことを必要としてくれたり、お願いされたりすることは、有り難いな☘と思うでしょ。



この気持ちを維持していくことが大変なんだけどねー。修行よ。修行❗



今朝は、娘が気まぐれでパンを焼いた。
「母さんもどうぞー」
と、言うので
濡れ縁でコーヒーを飲みながらパクッと頂いた。



美味しいーーー💕。
何ということでしょう。
娘の思いつきと器用さは、私の上を行くわ🌹

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💕

おや おや

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長女が孫とともに帰ってしまった。

滅茶苦茶、静かになった。

13時過ぎ高速道路に入る手前で「つーちゃん寝たよ!」と知らせが来た。

夕刻にはビデオ通話で会えるのだから特段、気にすることはないのだが…。

午睡から覚めて、私たちが居ない寂しさで泣きじゃくりはしないだろうかと心配になる。

孫が抱っこをせがむので、娘の家事がはかどらないことを案じて、せめて当分の食事に困らないように、長女の好物を昨夜と今朝にかけて作りタッパーに詰めて持たせた。

長女は、プチ断食をしている私に

「母さん、お腹が空くと不機嫌になるから規則正しい食生活に はやく戻してね。もっと咀嚼の回数を増やすと良いよ。」

と、言い残していった。

色々不憫を掛けたようだ。

長女から見ると、私はよく解らない世界にはまっているように映ったのかもしれない。

私は、即、「わかったよ。」と返事をした。

こう言うのを「老いては子に従え」と言うのだろう。

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快眠! 快食! 快便!

おや おや ?

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職が決まった。

どんな世界だろう?職場環境はどうだろう?私に何を求めているのだろうか?さっぱり解らない。

兎に角、早寝早起き!!! 

夕刻、ご飯を食べて、片付けをして、お風呂を出てから4時間以上も布団の中に居る。

喜ぶことは、もうしばらくするとご飯が3食頂けることだ。食欲は旺盛だ。お通じも万全だ。非常に有り難いことだ。

しんどい!!! しんどい!!! と、家族の前で言わないように、身体がまいってしまわないよう早く寝よう!

明日は少しでも動くように努力をしよう。

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当たり前のことを当たり前にする習慣



私は、あなたがやりたいことを やっている姿を 同じように楽しかったり、嬉しかったり、悔しかったり、寂しかったりするよ。
いつも、何か手伝いたいし、 役に立ちたいと思っているよ。



子どもの心は毎日変化しています。
嬉しい時もあれば、悲しい時もあるでしょう。
でも、その変化に気づくことが難しくなりました。子どもの成長と共に、距離の拡がりを感じて、距離感を保つことができなくなりましたから。



家族と一緒に過ごしながら、家族のことをどれだけ見ているかと考えると、見ていない、見えていないことのほうが多いように感じます。



助けてあげなければならない時も気づかず、放っておいてしまっている状態なのだと思うのです。
子どもを幸せにしてあげたいと思ったならば、絶え間なく心を掛けてゆかなければなりません。
子どもは、そんな母親の心情を厄介に思っているのかも知れませんが…。



家族と一緒に過ごしながら、家族にたゆまなく心を掛けていく思いは、日常の当たり前のことを勤しむ事と、通じるものがあります。



足かせにならないように、大事な人を幸せにする為には、
当たり前のことを当たり前にする!
これが大切だと思います。
その当たり前って?私に限って言えば、

  • 挨拶を誰にでもする。
  • ありがとうございますと感謝を言う。
  • 靴を揃える。
  • 時間を守る。
  • 掃除をして部屋を綺麗に保つ。
  • 食事を作る。
  • 自分の楽しい時間を過ごす。




それらの大切なことを今日頑張ったから明日はお休みという訳にはいきません。
子ども達に心を掛け続けるように、それらを当たり前に続けてゆくことで、家族を幸せにすることができるのだと信じています。



家族を幸せにする為に 当たり前のことを当たり前にする習慣を身につけることが大切です!