仕事運

ワタクシ、
再就職のたび、仕事運有るわwwwと、思い込む力は天下一品です。



ところが
私に仕事運が有るかと言うと、
ジャンジャンバリバリ頑張った割に、

実態は‥‥‥



不当解雇を実感したり、
契約期間があり継続かなわなかったり、
吸収合併で解雇となったり、
年収やボーナスがあまり良くなかったり、
雇用条件が悪いうえに残業を行った際の支給が途絶えたり、
肩書が正社員並みであっても曖昧な立場であったり、
事務職員は生産性が無いヤカラだと、なじられたり、
環境さえも粗雑で、見合うものを感じられ無かったり、
マネジメント能力の低いオーナーであったり、


今になって思えば、未練を残さず見切りをつけれる職が多かったようです。


如何なる時も綺麗な仕事をしたいと思っています。
ならば、心はいつも綺麗な状態でいたいものです。その心持ちの時、気持ち良く仕事ができます。

我慢をしていると不満が溜まります。
自分の心がズレていることに気づかず仕事に励むことはできますが、その心理状態では、いつか爆発するのでは無いでしょうか。
そして、仕事が回らなくなることが怖いです。


何れの職も不安を感じるたびに転職を検討し、
正社員の道から掛け離れた路線をウロウロしていました。
娘から
母さんの特技は、『退職』
母さんの趣味は、『就活』
と、名言が出るほどです。

長男には
「オカンは破天荒だ!」と言われ、私に問題があるかの様に思われています。
むむ🙄😳😁



仕事運があったとは、言い難い‥‥‥



そんな私ですが、
今回は、
仕事運があるわwww、
魅力的な職場だわwww、

  と思います。

時期尚早

この夏、列島中が猛暑に包まれた。新居浜は瀬戸内海があり全国の最高気温からみると多少は低い。それでも私の記憶にあるのは36.8度。

私の平均体温より高いのである。これじゃ外出しない方が良い。そんなわけにはいかない。子どもたちが待っている。

と....。ひょんなことから“何だっけ?と、上記の投稿していなかった8/20の下書きを開いてしまった。

“子どもたちが待っている”・・・その文言が目に入る。

今年度、クラスを持っていたこともあり奮闘したよねぇ。

子どもたちのそれぞれの顔や声、探索行動が頭をよぎった。巡っていたと、言った方が良い。

子どもたちを置いてきちゃった。今日はちょっと傷心になっていた。

その時、退職したばかりの職場から LINEがきたのだった。

ダブルショック!!

LINEの内容は、画像で示して、私物を着払いで送るという知らせだった。(私は園に出向く事を許されていないので)

私が作った子どもの玩具や整理棚など、良かれと思って作ったものが画像に多々見受けられる。

子どもは手洗い場が大好きだ。自分で栓を開いて流れ出る水とよく遊んでいた。子どもの胸元が水浸しになるので、水の跳ね返りを防ぐためにディズニー調の色彩のゴム製のボードを春に作った。

手洗い場のふちに沿って曲がりそのふちより5cmほど高さがあるので、胸当てになりナイスなモノを作ったと思い込んでいた。使い勝手が悪かったのか?

四色のスズランテープで作ったボンボリがナイロン袋の中に入っている。当初から不要だったのか?

私は受け身に徹していたが、同僚は、何故その折々に指摘をしてくれなかったのだろう。意識の統一ができていないって、こういうコトも言うのだな。

「自分は、こんなモノを作ろうと思う」とか「こんなモノを作って、こんな反響だ」とか、「これは時期尚早か?不要か?」とか、園長に直に、報・連・相を取るべきだったか?雲の上の御方には言えなかったよ。

コロナ禍、分散保育となり職員間の会話が不十分だったことは感じる。が、やはり同僚との意識統一を怠っていた。今更、勉強になる。

ダメなコトはダメ!と躾をすることは大事だと思う。ばぁば的には、家庭では叶わない水遊びだからこそ、健康に留意し子どもが興味を示すコトに気長く付き合うことも大切だと思っていた。

時期尚早か?それとも 未来もダメなコトはダメ ....。焦心に駆られる。

☆  ☆

保育力って何?

一緒に子どもたちの育ちを喜びあい、共によく笑い、よく泣いて、よく食べて、よく働く。
そんな人間関係を築いて行きたかった。何故か叶わなかった。

不平不満を同調することは、あえて避けてきた。
保育士として未熟な私は、保育力を身につけるために、補助に徹した。
しかし、子どもとの関係を大切にすればするほど、同僚は、遠ざかる。子どもを思えば思うほど同僚の言動は、不思議だった。果たして、子どもの心にどう響くのだろうかと、疑問を抱いてきた。同僚の言う“保育士あるある”は、通り一遍のような気がする。それに染まる事は、難しい。

彼女の保育力は絶大だと聞かされてきた。これが保育なんだー!?と、驚愕したり疑問に思うことが多々発生したけれど、胸が苦しくなるばかりで、私は話し合うことは出来なかった。
誰でも、自分を非難されるとやるせない気持ちになるからね。
意識統一は難しく、必要とされていないと感じ、止むを得ず退職を願い出た。

頑張らなくても良い方を自ら選んだのは、初めてだった。これで、楽になる。楽になるはずだった。
これから話し合いで退職日を決める予定だった。
職場の人間関係、良い関係にしたいなら人を嫌いになるなと自分に言い聞かせてきた。
これからもそう言い聞かせ、来年3月末まで頑張れるかな・・・と、思っていた。

ところが、ルールを守らなかった私の行動により、状況が突然大きく進展することになる。
8月末で解雇となった。 いえいえ、申し出たのはこちらが先なので、“一身上の都合による退職”らしいよ。

😳 ❤ 🥺

何故か

転職して初めての休暇をいただき午前中主婦らしいことをしている。

ここ数日にわたり、空いた時間、金木犀の薫を楽しみながら押入の片付けをしてきた。

今日はその香りが弱くなったと感じた。よくよく見ると地面に黄色い花が散っている。

何故か 涙があふれてきた。

そこへ 何を察してか友人SからLINEがあった。「大丈夫?」

『ワタシ…、大丈夫じゃない。』

退職を幾度経験しても、この思いのおさめかた修得出来ないよ。

この残り香は、私の中にある名残惜しい想いと同じだと気づいた。

派遣で銀行に勤務をしていた。何故、弾かれたのか とうとう理由は聞かされなかった。理由を知らされていないので裂けちゃった心は、なかなか解決しない。

シャボン玉がパンって壊れて消えていくみたいに、ハッとしてスッキリなら良いのにね。

窓から

きんもくせい

何故

当たらず触らず この期に及んでも ニコニコ良い子ぶって 一身上の都合で退職したけれど

前職、何故ダメだったんだろう。

人と物と事に向き合う時、これまでに習得したものは何一つ役に立たなかった。

苦しいこと悲しいことは微塵も見せず前向きに頑張ろうとする姿は、虚勢を張っているように見えたのでしょうか?

耐え続ける思いは、全てに気配りが行き届かなかったのかもしれません。

可愛くない姿には、情が湧かなかったことでしょう。

人生の折り返し地点に立ち、謙虚に・・・励んでいたつもりでしたが、私は謙虚では無かったのでしょうか?

会社で吼えることはできません。意見を述べることが出来ず、全てハイ!

爆弾が飛んできました。居なくてもどうとでもなると言われ 生産性の無い事務は誰でも出来ると言われ・・・。

私は必要ありませんでした。
もっと役に立ちたかった。
あなたが必要だって言われたかった。

意見一つ言えなかった理由が、今わかった。
それは、求められていないから。

虹の橋を見て 明るい未来が見えたはずなのに 全身全霊で邁進していた私は 今は空蝉。

.

追記:新しい年に向けて、師走に下記のように反省。

人と話すことが最も大切です。
黙々と仕事をするというのは、あまりいいことではありません。

時間をかけて集中しなければならない仕事でしたので、黙々とデスクワークをしていました。

奥様、専務、社長、会長に私という人間が伝わっていなかったわけです。

朝会社に来たら何をどういう順番で進めるか、上司に話し掛けることが大切でした。

大企業だと、ミーティングの時間が作られていると思います。
しかし、小規模な会社は、どのタイミングで上司に話しかけるかということを自分で考えなければなりません。

それも、話しの回数や内容は何を基準に決めるかというと「上司の機嫌をみながら」どうすれば良いかということを念頭に置くことです。

上司の機嫌が最優先でした。

私はそこに拘らないで数年過ごしてしまいました。
今、気付きました。